くらしをつくる人NOTE

Vol.14
2022.5.6
Vol.14 陶芸家 田中信彦さん <PUNK!!!編>

土地の記憶

陶芸談議に花が咲いたところで、いったん珈琲ブレイク。
田中さんが荒磁のポットに珈琲を落として持ってきてくださいました。

そのお供にと出してくださったのはパリのレストラン「MAISON」の渥美創太シェフが手掛けたキャラメルのお菓子。「MAISON」でも田中さんのうつわを使って頂いているそうですよ。
流石、世界中の料理人から引く手数多の田中さん!美味しいものをご存じです。

そういったクリエイティブな方々との出会いに日々刺激を受けながら、感性を磨き続けている田中さんですが、今でも大切にされているのは土地の記憶なんだそうです。
その真相に迫ります。

金子「産地の大切さが話題にあがりましたが、仏子という土地は田中さんのものづくりにどのような影響を与えているのでしょうか」

田中さん「金子さんが言っていた”ものづくりの原風景”は自分に置き換えれば ”やきものの原風景”。それって、陶芸を学んだそれぞれの土地のことなんですよね。大学の陶芸サークルの時に通い詰めていた益子の窯場の風景。京都の訓練校にいた時に出入りしていた京焼の窯元。それから自分が勤めていた中根さんの工房。
浮ついていない、3Kの現場(くさい、きたない、きつい)がやきものの原風景だと思っています。
その経験があるということが自分の中で自信にもなっているし、すごく大切にしている部分なんじゃないかなって思っていて」

金子「なるほどー」

田中さん「ここでやっているのはぶっちゃけるとたまたまなんです。
祖父がこのあたりの土地開発をしたのですが一つだけ実家の手元に残っていたのがここなんですよ」

仏子って産地でもないし、たまたま来た場所。

自分で作っているものも地元の土を掘っているわけでもないし、木を切って焼いているわけでもない。仏子という土地との繋がりは希薄なんだと思っています。

自分自身も東京の人間なので故郷とかもないし。
ある意味どこで作っていてもいいみたいな感覚があって。

僕の場合は、ものづくりの現場を経験してきた土地が自分の中にあるっていうことなんですよね。

やきものの原風景が心の中にある。

益子も35年前くらいは人も少なくて、本当に昔ながらの産地の風情があったんですよ。
そういう風景とかそこで作られていたものとか、京都とか滋賀とかで見て感じた、土地の記憶が作品に影響しているのだと思います」

PUNK!!!

80年代のUKネオアコが流れる田中さんのアトリエ。
一世代違いますが僕もイギリスの音楽が好きなので呑みの席でご一緒する時は音楽談義にも花が咲きます。

田中さんが教えてくださったのですが、一見爽やで耳障りのいい80年代のUKネオアコも、
そのルーツを紐解くとPUNKに辿り着くそうです。

そういう会話の中で「田中さんって実はPUNKな方なのでは?」と思うようになったのです。

お話をする中であのPOPな“色のうつわ”も
田中さんの反骨精神が原動力になって誕生したのだと知ることになります。

金子「田中さんの陶芸生活は色のうつわが誕生することで順風満帆となっていったのでしょうか?」

田中さん「自分がやりたかった赤色ベースの仕事に色が加わることで楽しくなってきたしお客様の反応もよくて、色のうつわがメインになっていったんです。

その頃っていわゆる“生活工芸”が始まっていた時代で、市場にはモノトーンのうつわが多かったんですよ。クラフトフェアでも統一されたモノトーンのうつわが並んでいて。

“丁寧なくらし”とかそういうキーワードで括られた世界観が主流でしたね。

今回の展覧会のテーマの“PUNK”ともつながるんですけど、“みんなが白黒のもの作っているなら、人とは違うものを作りたい”みたいな気持ちがあったのも色のうつわシリーズが進化した理由だったと自分では思っています」

金子「モノトーンの世界に対するアンチテーゼ的な」

田中さん「もちろん、研ぎ澄まされたそういう世界感は僕も好きなんですよ。
生活工芸の本も持っているし。でも自分がそれを作るかというと作らない。好きと自分が作りたいものは、はっきりと切り離されているんです」

IQ陶芸家

田中さん「何年か前に売れている漫画家さんが“才能が無いなりの戦い方がある”ということをインタビューの中でお話されていて、その方の答えは”ロジカルに考えること”だったんですね。

僕にも共通するところがあって。
元々、やきもの屋に生まれたわけでもないし、美大出身でもないし、有名な先生の下で修行したわけでもないし。突出した才能があるわけでは全然ないと思っているんですよね。

才能が無いなりにどういう戦い方があるのか。
"そうだ、人がやらないエリアをやろう"と考えたんですよね」

田中さん「色のうつわを始めてみたら反応もよかったし、世の中の主流の流れに乗りたくないっていうのもあったし。それで色のうつわがどんどん進んでいった。
他の色のグラデーションを得意とする作家さんは釉薬を使う方が多いのですがあえてその方法を僕はとらないです。(※田中さんは下絵の段階で絵付けをしてその上から一度だけ釉薬をかけています)
最初にそうしたのはたまたまではあるんですけどね(笑)。
それを続けたことで色のグラデーションを表現する作家の中では差別化できているんじゃないかな、オリジナリティを持てているんじゃないかなって自負しています」

Nobuhiko meets INUA

田中さんはですね、生地の乾燥を調整する室(ムロ)にナチュールワインを隠しているんですよ(笑)。
飲食店さんとのお付き合いの中でナチュールワインの味を覚えてしまった田中さん。
遂にはセラーに入りきらなくなってしまうほどのワインコレクターに(笑)。

今では飲食店さんからのオファーも多い田中さんですがINUAさんと出会うまでは、飲食店さんとの関りは多くなかったそうです。

惜しまれつつ閉店したINUAさんでは田中さんのうつわがふんだんに使われていました。シェフのトーマスさんが、たまたまSNSで田中さんの作品をご覧になったことがきっかけで実現したこのコラボレーション。

その影響で田中さんの作品は国内にとどまらず世界中から熱視線を浴びることになります。

金子「田中さんといえば、飲食店さんからの支持も厚いと思いますけど」

田中さん「シェフとの関わりでいうと、INUAを起点に飲食店さんとの関りが増えました。
でも、やっぱり飲食店さんの現場って使い方がハードなんですよね。

注文で受ける場合は、全体的に少し厚めにしたりもするんです。
思いっきり厚くしちゃったら僕のものではなくなってしまうので、意匠と機能のせめぎあいですね(笑)。
自分なりに使う方にあわせて変化をつけています」

金子「絵付けも昔のものはキリっとしている印象ですけど、今の作品は柔らかい感じがしますね」

田中さん「当時は色の線をかっちりひいていたんですよ。でも今はわざと波打たせたり、
筆跡を残すようにしたりと筆書きならではの雰囲気が出ることを意識しています。
それが柔らかさに繋がっているのかもしれません」

金子「見ている方も心地よくなるような柔らかな筆遣いでした。線も太めじゃないですか?ルーシー・リーの作品は線がきっちりしていて、作品自体も緊張感がある印象ですけど田中さんは別のアプローチをされているのかなと」

田中さん「ルーシー・リーの作品の多くはうつわというよりは、アートピースなんですよね」

金子「たしかに」

田中さん「影響はすごく受けているけど、食器は安定感が必要だから高台を極端に絞ったりはしないんです。うつわとして使うために安定感とか安心感とかが重要だと思っていて、口元をあまりピンピンに薄くしないところにも拘っています。

欠けやすいのは日常のうつわにはどうかなって思うんですよ。他の表現でモダンさとか美しさは出せると思うので。デザインと実用性とのバランスは常に考えていますね」

金子「なるほど。INUAさんがきっかけとおっしゃっていましたが、その前からも飲食店さんからの注文はあったんですよね」

田中さん「いやそれがINUAの前はほとんどなかったんですよ」

金子「えー!」

田中さん「やきものでずっと食べてきてはいたんですけどご縁がなくて。
ある日、INUAのトーマスが僕の作品をnomaにいる時にインスタで見つけてデンマークから連絡してくれたんです。

準備期間が3年あったようなのですが食材探しと並行してうつわも探していたみたいで。
最終的には食器はもちろん壺なども含めると4、500点くらい入れていただきました。

INUAのお客様って感度が高い方が多いですし、シェフの方たちなどもいらっしゃって。
その中で僕の作品を知って、繋がった方がいたというのは大きかったですね。
僕にとってINUAは本当に感謝してもしきれない存在です。

タイミングが合えば納品先の飲食店さんにご飯を食べにいくんです。自分が作っているものは作品というよりはあくまで"うつわ"ということを意識しているので、それがちゃんと働いている姿を直に見られるのはめちゃくちゃ楽しいですね。
今はインスタでもその様子を見ることができるので本当によい時代です!」

金子「飲食店さんからのお問い合わせは今でも続いているのですか?」

田中さん「そうですね、大小様々なご注文をいただいています」

金子「その中には世界的に有名なところもあったり無かったり?」

田中さん「(笑)」

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田中さんの手