くらしをつくる人NOTE

Vol.5
2016.12.9
木漆工とけし 渡慶次 弘幸さん、愛さん

第五回は、沖縄本島北部の自然豊かな環境の中で
漆の仕事に真摯に取り組む「木漆工とけし」渡慶次 弘幸さん、愛さんご夫妻です。

弘幸さんは木地師として、愛さんは塗師として
「漆器を日常使いしてほしい」という思いを込めながら、センダンやデイゴといった沖縄の木を用いて漆器作りを行っています。


漆と出会う

木漆工とけしの作品は木地を弘幸さんが作り、愛さんが漆を塗るという分業から生まれています。

この理想的な制作スタイルとご夫婦像は誰もがうらやむところですが、
それを最初から目指していたわけではなく、偶然が重なってたどり着いたようです。

元々、手仕事や工芸に興味を持っていた、弘幸さん、愛さんはそれぞれ沖縄の工芸指導所に通うことになります。
どのようなきっかけからお二人が漆の仕事に興味を持つようになったのか。

雨晴金子がお話を伺いました。

金子「お二人が、漆の仕事をすることになったきっかけは何ですか?」

愛さん「私は漆のことは知らなかったのですが、工芸、例えば布の染色などに興味を持っていました。
沖縄の工芸指導所で漆と初めて出会い、その魅力を知り、普段の生活に漆を使えたら良いだろうなと思うようになりました。
工芸指導所は一年間しか通うことができないので、卒業後、漆を学ぶなら一番有名な輪島が良いだろうと思って(笑)
輪島にいる下地職人さんのところに弟子入りさせてもらいました」

弘幸さん「僕は、漆に行き着いたのは本当に偶然なんです。
自分の手を使ってきちんと仕事をやりたいという思いが元々あって。
その中でも家具作りに興味があったので工芸指導所で木工を学びました。
卒業後、技術の高い東京で指物を勉強したいと思い上京したのですが、修業先がなかなか見つからなくて、こっち(愛さんのこと)が輪島に行ったこともあり、輪島に遊びに行ったんです」


漆の入り口

輪島へ修業に行った愛さんと、それがきっかけで輪島に遊びに行った弘幸さん。
弘幸さんにとってその後の道を決める運命的な出会いがありました。

新しい輪島の漆の時代を作ろうとしていた桐本泰一さん、赤木明登さんという素晴らしいものづくりの先輩方との出会いです。

弘幸さん「輪島に遊びに行った時に、輪島の作り手が集まるお花見に赤木さんに誘ってもらったんです。
“木工所の親方もいるから会いに来たら”って」

金子「そこでお会いしたのが桐本さん?」

弘幸さん「はい。お花見の席でだいぶお酒も入った状態の桐本さんが“うちの木工所もすごいぞ! 明日にでも木工所を見学に来い!!” って、言ってくれたんです。バチンバチン叩きながら(笑)」

   

金子「想像がつきますね(笑)」

弘幸さん「翌日、訪ねたら木工所の中では20代から70代の方が偏りなく働いていて、機械での仕事もしているけれど、仕上げは全て手で行っているのを見て、“ここで働きたいなって”思って。すぐに弟子入りをお願いました。これが、僕の漆の入り口です」

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木地師 渡慶次 弘幸