くらしをつくる人NOTE
2017.4.09
沖縄のかたち
雨晴で取り扱う商品mintamaは、約400年前に現在の那覇市泉崎周辺で作られていた湧田焼を現代的にアレンジしたうつわ。
沖縄の陶芸を突き詰めていくと湧田焼に必ずといっていいほどぶつかります。
白化粧同様に、沖縄の古い形である湧田焼も壹岐さんの作品づくりに大きな影響を与えているようです。
壹岐さん「白化粧が沖縄に入ってきたのは18世紀後半くらいかな。文献には書いていないけど薩摩の影響が強いんだと思うよ、薩摩のしろもんってあるでしょ。あれにそっくりだからな。上絵をつけた沖縄のものは本当にそっくり。
それに対して湧田焼、喜名焼はそれ以前、16世紀から17世紀くらいのもの。
東南アジア、中国南部から南の影響が強い。台湾と沖縄の墓は一緒なんだよ。
当時は同じ文化圏だったということがわかるよね。
沖縄には王がいて、日本とは異なる独自の文化があったということなんだよ」
金子「湧田焼は沖縄の焼き物のルーツのひとつなのですね。壹岐さんから見た湧田焼の魅力を教えてください」
壹岐さん「中世の生活と一体化した土着的なものづくりから生まれているところ。土をすごく感じるし、なまなましいよね。
作った人の呼吸がいまにも聞こえそうで、それが面白いなあ。
なかなかそこまでのものづくりにはたどり着けない」
金子「では、壹岐さんの作品はどのように生み出されるのですか? 」
壹岐さん「自分が使いたいなと思うものを作ることが多いよ。どんな料理をのせるのかも考えながら作っている」
金子「mintamaは、何を盛り付けるイメージで? 」
壹岐さん「パスタ(笑)。9寸以上のものはアクアパッツア。沖縄でいうマース煮だね」
金子「やっぱりパスタなんですね(笑)。今後はどのようなものづくりをされていかれるのでしょうか?」
壹岐さん「俺はさあ、沖縄という文化から見たら外国人なわけだけど、だからこそ見える視点があるかなとも思っているよ。その視点をもって沖縄をよりよく紹介できるものを作っていきたい」
壹岐さんの手
沖縄の焼き物の工房では、生地は轆轤でひきますがその昔こんな噂があったようです。
「だいぶ前に、うちの工房は機械で成型しているって噂が流れたことがあったんだよ」
と笑いながら話す壹岐さん。
もちろん、全て手作りされているのですが・・・笑
壹岐さんの作品が、どれだけ正確に作られているのかを知ることができるエピソードですね。
それだけ高い技術を持つ壹岐さんの手と“沖縄をよりよく紹介したい”という想いから生み出される新しい「沖縄のかたち」に、これからの20年も期待してしまいます。

陶器工房 壹 壹岐幸二 × 雨晴
「沖縄のかたち」
会期:2017年4/14(金)~ 5/7(日)
(水曜定休 ※5/3(水・祝)は通常営業いたします)
壹岐幸二 在店予定日:4月15日(土)、16日(日)
沖縄ではうりずんと呼ばれる一年を通じて一番心地のよいこの時季に、陶器工房 壹 壹岐幸二さんの個展を開催いたします。
壹岐さんが沖縄の古陶に想いを馳せながら生み出した「沖縄のかたち」の数々は沖縄の焼き物のルーツを感じる、力強く、モダンなものばかり。
美しい沖縄のうつわと共に過ごす、心地よい初夏のくらしをご提案いたします。
陶器工房 壹 壹岐幸二 × 雨晴
「泡盛カクテルの会」
会期:4月15日(土)13:00~16:00
4月16日(日)13:00~16:00
壹岐さんの在店日に、壹岐さんお手製の泡盛カクテルを振る舞います。
おいしい泡盛を召し上がりながら壹岐さんとやちむんのことや沖縄のことなどをお話しいただければ幸いです。
皆様のご来店を心よりお待ち申し上げております。

陶器工房 壹
壹岐幸二(いきこうじ)
- 1966年
- 京都府生まれ
- 1990年
- 沖縄県立芸術大学卒業
- 1991年
- 同大学研究生終了
- 1991年
- 1991年から1996年まで読谷山焼 大嶺實清師事
- 1996年
- 「陶器工房 壹(いち)」設立
- 1999年
-
初個展(沖縄市中央パークアヴェニュー)
以降 沖縄、東京、京都、大坂、熊本で個展、グループ展…現在に至る
Photo / Bungo Kimura
Interview / Kenichi Kaneko (AMAHARE)